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前へ ここを歩くのは、これが2回目。 初めて来たあの時から間を置かず、再びこうやってこの道を歩く。 この先にある、あの場所を目指して。 そして、その建物が見えてきた。 長い林道を歩いてくると、その奥に突然現れるこのお屋敷。 やっぱり、本当にあるんだ。 あれはまぎれもなく現実だったのだ。先日見たお屋敷は、やはり幻なんかじゃなかった。 ま、当たり前のことなんだけど。 そう思ってしまうぐらい、この環境は僕の日常から乖離している。 おとぎの国に迷い込んでしまったのかと、そんな錯覚を覚えそうになるぐらいなのだから。 やはり、このお屋敷は何か無視できないものを感じるんだ。 気になって仕方が無い。 だからつい今日も、門扉から中を覗き込んだり、お屋敷を見上げたりしてしまった。 そういえば・・・・ 思い出した。 熊井ちゃんが前に言っていたことを。 あの学園の寮はお嬢様のお屋敷の敷地内にあるって。 寮生の方々が歩く林道の奥にあるこのお屋敷。ひょっとして、ここがそのお屋敷なのだろうか。 ということは、このお屋敷こそ・・・ そう考えが次々と繋がりかけていた僕に、後ろからいきなり「君・・・」と呼びかける声。 来た! さては、またあの執事さんだな。 もう二度目なんだから驚かないよ。 よし、今日はちょっと先制攻撃してやるか。ちょっとワルぶってビビらせてやろうか。 なーんて、ちょっとふざけてみたい気分になる。 だから僕は振り向きざまに「あぁ?」と反抗的な顔を浮かべて、声の主を睨みつけた。 ところが、そこには僕の予想していなかった展開が待ちうけていたのであった。 そこに立っていたのは、執事さんではなかった。 立っていたのは、・・・お巡りさんだった。 鋭い声で誰何される。 「そこで何をしている?」 執事さんだと思ってガンとばしたらお巡りさんだったでござる・・・ 笑ってごまかしたくなるが、目の前の相手はあまり冗談も通じなさそうだ。 よりによってこの相手にワルぶったふりをしてしまうなんて、完全に墓穴を掘ってるじゃないか。 早とちりした挙句に、それが思いっきり裏目にでてしまうとは。 別に悪いことなど何もしていないのだけれど、警察官に問い詰められるなんて初めてのことなので、その制服姿を見て緊張のあまり固まってしまった。 詰問口調で先手を取られて、もう僕の方から口を差し挟める余地など最初から無かった。 どうすればいいんだろう。 醸し出している空気が、執事さんとは段違いの威圧感。 そりゃそうだ。相手が相手だけに。僕は完全にテンパってしまった。 「今、この屋敷を覗き込んだりしてたよね」 ヤバイ・・・ それって一般的解釈としては非常に怪しい人に見えるってことじゃないか。 あわてて首を横に振ってみるが、覗き込んでたのがバレバレの状況。 これはまずいことになったのだ。 「どうなの、君。こちらに用事があるって訳でもないよね」 「いや、あの、その・・・」 うまい言い訳を言わなければとあせればあせるほど、何も言葉が出てこない。 こんなとき、熊井ちゃんならどういった反応をするんだろう。 誰が相手でも堂々と自分理論を展開して、無理やりにでも相手を納得させてしまうのかな。 むしろ逆に、そこから反撃(逆ギレとも言う)して相手を責め始めたりしかねない。それが熊井クオリティ。 ダメだ。熊井ちゃんの対応方法では参考にならない。もっと、頭の切れそうな人。 そうだ、栞菜ちゃんだったら・・・ グヒョヒョ・・・ もっとダメだ。なんか、それこそ現行犯で逮捕されそうな気がする。 じゃあ、桃子さんだったら・・・ 緊張が過ぎると、人間の脳はどうでもいいことを考え続けて現実逃避をしようとするのだろうか。 そうやって聞かれたことに対し的確な答えを出来ずにいるのだから、お巡りさんは怖い顔を崩さずに僕のことを見ている。 状況は非常にまずい。お巡りさんの心証はかなり悪そうだ。 このまま逮捕されてしまうんだろうか。そうなったら学校も退学だろう。少年院送致。人生オワタ・・・ パニクってしまって、打開策が全く思い浮かばない。 どうしよう。こんなことになるなんて。 そんな絶望のふちにいる僕に、起死回生の救世主が現れた。 そう、まさしく僕にとっては女神のように見える人が、いま目の前に現れたのだ。 「その人がどうかしたんでしゅか」 ま、舞ちゃん!!! 学校帰りなのだろうか、制服姿の舞ちゃんがお巡りさんに対して声を掛けてきたのだ。 僕のことを一瞬見てくれた舞ちゃん、そのとき僕には彼女がまさに天使のように見えた。 僕の窮地を助けてくれるのは、やっぱりこの人、舞様なのだ。 これに運命を感じないほど、僕は鈍感な人間ではない。 「あなたは?」 「この敷地の中にある学園寮の寮生です」 「そうでしたか。失礼ですけど、こちらの方とはどういう関係ですか」 「その人は、まぁ私の知り合いです。何かあったんですか」 「彼がここを意味も無くうろついてるように見えたので呼び止めたのです」 「なるほど。でも、その程度の行為であれば警察官職務執行法第2条における“異常な挙動”の要件を満たしているとも思えないですけど」 それを聞いて、お巡りさんは苦笑してしまった。 「えらい詳しいんだね。勉強熱心なのかな」 あ、何となく雰囲気が変わった。 張り詰めていた緊張感が和らいでいくのがわかる。 今の舞ちゃんのセリフを、男子生徒、例えば僕が言ったとしたら、警察官は「生意気なこと言うな」とか言って更に怒り出すだろう。 同じことをかわいい女の子が言うと、警察官は微笑みながら褒めてくれるのか。 なんだか世の中の不公平さをリアルに感じてしまった。 でも、まぁそれは当たり前だ。「カワイイ」は正義なのだから。 「わかりました。そういうことであれば結構です」 舞ちゃんが僕のことを知り合いと言ってくれたこともあり、お巡りさんは納得をしてくれたようだ。 どうやら、これで何事も無く終われそう。舞ちゃんって凄い。 神様仏様舞様、ありがとう。お陰様で僕は今後も無事に学生生活をおくれそうです。 「ご苦労様です。お巡りさんはこの地域を担当されてるんですか」 「そうです。もし何かありましたら遠慮なくどうぞ」 「そうですか」 それを聞いた舞ちゃん、何か思い当たることがあるのか、お巡りさんにこう言った。 「それじゃお巡りさん、最近は屋根から縄梯子を使って侵入するコソ泥が多いらしいので、パトロールはそれを重点的にお願いしましゅね」 「気を付けておきましょう。貴重な情報もありがとう。本署にも通達を回しておきます」 舞ちゃんに敬礼をしてお巡りさんは去っていった(僕には敬礼なし)。 舞ちゃんが助けてくれた。 そして、さっき舞ちゃんは僕のことを何て言った? もちろん聞き逃さなかった。しっかり憶えてるに決まっている。 知り合い、って言ってくれたんだ! 僕のことを!! 僕のピンチを救ってくれただけではなく、僕のことを知り合いとして認めてくれるなんて。 感激の極みとはこのことだ。今日この日を僕は絶対に忘れないだろう。 お屋敷の前だというのに不思議と人の気配もせず、しんとした静かな空間に戻る。 聞こえるのは風に舞う落ち葉の立てる音ぐらい。 そんな静寂の中で、目の前の舞ちゃんと2人っきり。 「あ、ありがとう・・・助けてもらって」 「ふん、どういたしまして。ちしゃとのお屋敷の前で面倒なことを起こしたくなかっただけだから」 やっぱり、ここが千聖お嬢様のお屋敷! やっぱりそうだったのか。 舞ちゃんが僕のカバンのポッチャマのアクセサリーをじっと見つめている。 何だろう、今のちょっと考え込んだような表情は。 それから顔を上げる舞ちゃん。 僕と目が合う。 黙って僕を見つめる真顔の舞ちゃんを前にして、僕も緊張で固まってしまう。 その舞ちゃんの表情。僕の心の中まで読みとられてしまいそうだ。 僕を観察し終わったのか、舞ちゃんが僕から視線を外した。 「それじゃ」 舞ちゃんは僕にそう言うと、立ち去ろうと歩きだす。 あ・・ だめだ、この機会を逃したら。 だめだよ。 訳も無くそんな焦燥感に捕らわれる。 待って・・・ 舞ちゃん・・・ その時、この間のライブで聴いた曲、あの雅さんの歌声が頭の中に流れる。 ♪あの時 僕に少しだけ勇気があれば 運命は変わっていたのかな 運命を変えられるとすれば、それは今なのかもしれない。 ここが、勝負所なんだ。そうだ、勇気を出さなきゃ。 ・・・そう直感した。 雅さんの歌声が僕を後押ししてくれる。 ♪運命は 変わっていたのかなぁ 「あの・・・ 舞ちゃん!」 次へ TOP
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少年が滑り台の脇の段ボールからする声の主に、恐る恐る近づいていくとまだ生まれてから間もない仔犬がいた。 犬の種類など全然知らない少年には、仔犬が茶色くて丸いぐらいしかわからない。 少年はしゃがみこみ、仔犬の掌にすっぽりと納まる小さな頭を撫でた。 「どうしてこんなところにいるの? お名前は?」 仔犬は少年を見上げ、クゥーンと鳴き声をあげた。 少年にはその鳴き声がまるで『僕はお腹が減っているから食べ物を分けて』とでも言っているように聞こえた。 空耳かとも思ったが、食料品の入ったレジ袋に頭を突っ込んでくるあたり、あながち嘘でもないらしい。 お腹が減っている仔犬は可哀そうではあるが、これをこの子にあげるわけにはいかないのだ。 家にはこの子同様にお腹を空かした妹たちが、今か今かと兄である少年の帰宅を待ちわびている。 しかし、少年に抱きついて離れようとしない仔犬の姿に弱り切った少年は、チャーハンの具にするはずだったハムを分け与えることにした。 「餓えて死ぬのなんて可哀そうだよ。君の気持ちは痛いほどわかってるよ」 ハムを食べやすいサイズにちぎっては与え、ちぎっては与えを繰り返した。 元気よくハムにとびつく姿を眺め、少年はこれでよかったんだ、と自分に言い聞かせた。 妹たちの分をあげるわけにはいかないので、自分の分相当のハムを与えると再びレジ袋へと戻した。 「ごめんよ。後のものは妹や弟たちにあげないといけないんだ。もっと食べたかったら、僕なんかよりお金持ちの人に拾われなよ」 名残惜しくはあったが、情が移る前に自分はここを立ち去らねばならない。 両親が健在だった頃、情が移っては動物を拾って家に連れ帰り、その度に親に怒られていた。 そんな時、親は決まって『うちには動物を飼うお金がありません』と言ったものだ。 あの頃と比べて、より一層ひもじい生活を送る今、当然飼えるはずがない。 なのに、 「コラ、ついてくるな。しっし!! 僕は本気で怒ってるんだぞ」 手を振り追い払おうとするも、仔犬はしつこく少年を追いかけてくる。 「ダメだって言ってるじゃないか。僕の家じゃあ飼うお金もないんだ。だから、困るんだって」 こんなやりとりを何度繰り返しただろうか。 とうとう仔犬は千聖の家の前までついてきてしまった。 どんなに本気で怒ろうとしても怒れない自分の甘さが招いたとはいえ、これは妹たちにみせていいのだろうか。 もうここまでついてきたら仕方ない、そんな思いに駆られ少年は仔犬を家族の一員に認めることにした。 「ふぅ~仕方ないな。頑固な君に負けたよ。まぁ、家族にするには名前がないといけないね。えぇと、そうだ、君の名前は段ボールからみつかったからダンね。 そして、僕の名前は岡井千聖。よろしくね」 ダンをどう紹介しよう、まぁ何とかなるだろう、千聖はそう思うことにして、玄関を開けた。 ←前のページ 次のページ→
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前へ みぃたんの恋愛相手。そりゃ、できるならアタシが(ryだけど、百歩譲ってそれを男性とするにしても、これはあんまりだケロ! だって、この!このみぃたんのパートナーになるんだよ!?最低でも、並んで歩いているだけで絵になる人じゃないと、私は絶対に認めるわけにはいかないの!(ケロキュフッ) 「・・・あ、あのね、みぃたん」 「うん?」 「絶対、うまくいくはずないから、そんなの。みぃたんらしくない。 考えてもみて。20代の恋はもっとさわやかに、海沿いの砂浜を洗いざらしの白いシャツで走っていくケロ。おそろいのイルカのペンダント、アコースティックギター・・・」 「あはは、なっきぃ、昭和―とかいってw」 「ギュフーッ!!!」 私の絶叫を笑顔で聞き流したみぃたんは、「でもね、なっきぃ」と少し声のトーンを落として続けた。 「きっと、秘密の恋になってしまうから、海やペンダントは難しいかもしれないね」 「お、おう」 「苦しいこともあるだろさ。悲しいこともあるだろさ。だけど、二人には愛を貫いて行ってほしいと思うの」 みぃたん・・・あんたって人は。そんなキラキラした純粋な瞳で、愛を語るなんて。 でも、「二人には」って。まるで他人事みたいな言い方だ。天然さんの考えることってよくわからない。それに、大体・・・ 「みぃたん、それで結局、どっちを選ぶの?」 「選ぶ?え、そんな。選ぶだなんて。私はあの男の子も若執事さんも、両方・・・」 「両方て!!!」 再び飛びのいた私の頭が、手すりにゴイーンとぶつかる。 と、とんでもないこと言いやがる、みぃたん・・・。そりゃ、その美貌なら、ちょっとした舞美コロニーを築けるぐらいには、男性をはべらせることができるだろう。 いや、男性に限らず、老若男女、まるで強力な磁石のごとく、みぃたんの周りにはどんどん人が集まってくるだろうから、ちょっとした小国を築くことだって可能かもしれない。 しかし、ここは日本。一夫一妻。いかなみぃたんでも、許されることではない。 あの男子・・・はどうでもいいとして、人の良い若い執事さんが、絶対に100%釣り合わないΣ(執△事;)みぃたんとの恋愛に苦悩するというのも、胸が痛むところだ。 「もう一度、よーく考えて。どちらか一人、選ぶことはできないの?」 すると、みぃたんはキョトンと目を見開いて、小首をかしげる。 「ん?だって、どちらかを応援するっていうことは、結果的には二人を応援するってことだよね?選ばなきゃだめかな?」 「・・・・・・・みぃたん、あのさ、さっきから何の話をしているの?」 ここへきて、私はやっと、自分とみぃたんの会話がかみ合っていないことに気が付いた。 いくら℃天然とはいえ、成績優秀者のこのお方が、自分と他人の区別がついていないようなふわふわした喋り方をするはずがない。 そして、私の疑問は、いつもの大型犬スマイルのみぃたんからの一言によって、ある意味完全に払しょくされることとなった。 「何の話って?だから、交際しているんでしょ?あの男の子と、若執事さんが!」 「ンギュフゥ!?」 どんな発言が来ても冷静に努めようと身構えていたから、かろうじて絶叫は防ぐことができた。 な、なるほどね・・・みぃたんがあの男子と若執事さんの間で揺れていたんじゃなくて、みぃたんは、二人の恋愛を見守っている立ち位置なんだ。 「・・・いやいや、でも、なんでそんな風に思ったの?」 私の知っている限りでは、あの二人が特別に仲がいいなんてことはなかったはず。 っていうか、そもそも何か接点があるのか? こんな大ニュース、例えば栞ちゃんが耳にしていたら、もう速攻でお屋敷中にスピーカーしまくるだろう。あるいは、【誰得】少×執を見守るスレpart799【アッー】を狼に云々 「むふふ。この情報はねー、熊井ちゃんから提供してもらったんだよ!」 「ゆ、友理奈ちゃん!?」 それは、予想だにしない人物の名前だった。 あの男子といえば、友理奈ちゃんの軍団のなんでも屋さん的存在だったはず。 当然、友理奈ちゃんはあの男子のことはよく知っていることだろう。。しかも、彼女はこういうことで。面白がって嘘をつくタイプではない。いつもマジレス。真実の口。ということは・・・ガ、ガチっすか。これ・・・ 「それで、恋にルールなんて、ないんだね、と」 「でしょー?もう、びっくりしちゃって!でも、うまくいくといいよねー」 ――いい、のか?本当に。 いや、私としては、あの男子が寮のみんなの周りをウロチョロしないでくれるのは、願ってもないことなんだけど。でも、なんか・・・ 「あはは、なっきぃ、あの男の子と仲良しだもんねー。ちょっと寂しかったり?とか言ってw」 「なっ!全然仲良くないし!もう、みぃたんてば!・・・ねえ、でもさあ、友理奈ちゃんは、具体的になんて言ってたの?その、あの男子が、友理奈ちゃんにそう報告したのかな」 「んーとね、この前、熊井ちゃんプレゼンツで、梨沙子ちゃんのサプライズバースデーイベントをやったらしいのね。 その現場に、あの男の子と若執事さんも駆けつけたらしくて。二人でラブラブだったんだって!キャー!!」 バシッと背中を叩かれて、油断していた今度はガラスのテーブルにおでこをゴイーンとぶつける。 そのまま硬直する私に構わず、みぃたんは恋する乙女のごとく、キャッキャとはしゃいだ声を上げていた。 「すごいね、なっきぃ!」 「キュフゥ・・・」 ――夜。 食事の後、私は愛理の部屋を訪れていた。 「・・・と、言うわけで、愛理、何か知っていたら教えてほしいんだけど」 「ケッケッケ、さすが舞美ちゃん。いや、熊井ちゃんもか」 Buono!の現場で熱愛発覚(?)したのなら、当然メンバーも、それを目の当たりにしていたはず。 そう思って、愛理に話を振ってみることにしたのだ。 「珍しく訪ねてきてくれたと思ったらぁ~・・・私とふつーにおしゃべりしたかった、ってわけじゃないのねぇ~」 「あうあう、そんなイジワルを言わないでほしいケロ」 しかし、今日は黒愛理モードが発動しているらしい。肩をすくめてケッケッケと笑う目が、鈍く光っている。 これは出直すべきか、と身構えていると、「ああ、そういえば」と愛理がおもむろに携帯を取り出した。 「ライブの翌日かな?熊井ちゃんからこんなの送られてきたんだけどー・・・関係あるんじゃない?」 そんな言葉とともに、差し出された画面を覗き込んだ私は、無意識に「・・・・・なんじゃこれ」とつぶやいた。 “ライブお疲れ!この画像、どうかな?” そんな一言とともに添えられていた画像。 蛍光カラーのピンクのハートが、ぎっしりと画面を覆い尽くしていて、目がチカチカする。 そんなメルヘンでファンタジックな背景を抱え、真ん中に存在しているのは・・・たしかに、あの男子と、若執事さん。 二人並んでいて、至近距離でお互いの目を見つめ合っている。予想外というか、予想以上のシロモノに、私の脳はしばらく固まってしまった。 「何このスタンプ文字・・・ゥチラのLOVEはぇいぇんだょ?ば、ばかじゃなかろうか。え、これあの男子が作った画像なの?それとも若執事さん?」 こんな、イマドキ中高生のカップルでも恥ずかしくて作らないような画像を・・・。ラブラブな時は周りが見えなくなるっていうけれど、もうそんなのが通用する年でもないだろうに。 「これが友理奈ちゃん経由で、みぃたんの手にも渡った、という」 「ケッケッケ、でもびっくりしたよぅ。まさか舞美ちゃんにも送っていたとはねー・・・」 「ふーむ」 私は改めて、その画像をじっくりと眺めた。 「お、気に入っちゃいましたか?ケッケッケ」 「ち、違うし!だって、なんかおかしいよ、これ!」 画像を表示させたまま、私は自分の携帯を取り出した。 手早く短縮ダイヤルを押して、ニヤニヤしてる愛理を横目に、室内にコール音を響かせる。 “もしもーし、なかさきちゃーん?” 「うん、あのさ。夜分遅くに申し訳ないんだけどね」 “えー?熊井親分?てれるなー!” 「あのね!ちゃんと人の話は・・・ま、まあ今はいいや。友理奈ちゃん、私のケータイに、画像送ってほしいんだ」 “画像?いいよー、何がいい?スケバン刑事ゆりな?それとも夕焼け番長熊井?” 「ち・が・う!みぃ・・・舞美ちゃんと愛理に送ったでしょ?あの、あの男子と執事さんの・・・」 “あー!あれね、どう?いいでしょ!あれ撮った時さー” 「あー、いいからいいから。いい?友理奈ちゃん。加工前の画像を送って?ね?OK?じゃ、切るよー」 手早く通話を終えると、私は1つため息をついた。 「おー、手慣れてますなぁ。さすが伝説の風紀委員長殿。ケッケッケ。なかさきちゃん時代からは考えられぬ・・・」 「そ、そりは言わんといてぇ!」 二言三言いじられているうちに、すぐに私の携帯がメール着信の音を奏でた。 友理奈ちゃん、生徒会のお仕事も、これぐらい迅速にやってくれてたらよかったのに。 “あのLIVEの日・・・それが、俺たちのLIVE(生きる)意味を与えてくれたんだ・・・。決して交わることのない、孤独な魂が惹かれあった時、禁断の扉が(ry” 「なにこの小説!誰がこんなの頼んだケロ!」 あ、頭痛くなってきた。メールの本文はさらっと無視して、送られてきた添付データを確認する。 「ほーら、やっぱりね」 「ケッケッケ、お早いネタバレでぇ~」 「加工前の画像で」という私の指示を(珍しく)聞いてくれた友理奈ちゃん。 ギラギラハートや愛のメッセージを完全に取り去ったその写真は、私の想像通りのものだった。 「これ、二人でビデオカメラいじくってるだけじゃん!」 そう。 見つめ合っていると思しき二人の真ん前。特大ハートで隠された部分には、三脚で固定されたカメラがあったのだ。 おそらく、二人がかりで操作している際に、たまたま至近距離で目が合っただけだったんだろう。その瞬間を、どういう意図があったか知らないけれど、友理奈ちゃんが激写して加工した、と・・・。 「もー・・・あんまりびっくりさせないでほしいケロ。ったく、友理奈ちゃんめ!」 「ケッケッケ、まあそう怒らずに。聞いた話だとね・・・」 そう切り出して、愛理が語ってくれた、ユリナクマイの狙い。 実は友理奈ちゃん、件のBuono!シークレットライブをUSBに落として、販売しようとしているらしい。 お金儲けなんかじゃないよ!うちは、この素晴らしいステージを、世界中の同志と共有したいだけ!あ、でも何か特典がついてたら、もっと売れるかも!だけど誤解しないで、これはお金儲け(以下無限ループ) そんな実に胡散臭い速攻USBとやらに付ける初回特典・・・それが、この三文BL小説&あの男子と若執事さんの画像の予定だったらしい。 「ケッケッケ、熊井ちゃん、ブッ●オフで“ソッチ系”の本にハマッちゃったらしくて、毎日立ち読みしに行ってるみたい」 「買えや。・・・じゃなくて、そ、そんな理由で・・・。いくらあの男子とはいえ、筋は通すのがオトナのオンナ(キリッ)。こんなものが拡散されてごらん。インターネッツに画像をバラまかれるかもしれない。情報化社会は怖いんだから! 販売前に気づいて良かったぁ。早速特典の見直しを要求するケロ!」 「頑張り屋さんだねー、なっきぃ。ケッケッケ」 いそいそと友理奈ちゃんにメールを送信する私を、未だニヤニヤ顔の愛理が眺めている。 そこで私はいったん手を止めて、ちょっとした質問を愛理にぶつけてみることにした。 「・・・愛理、さあ」 「うん?」 「愛理はこの友理奈ちゃんのロクでもない話、信じたの?」 愛理は少し目を見開いて、何も言わずに小首をかしげて見せた。 「どして?」 「いやー・・・ほら、ねえ?」 だって、若執事さんって、どう考えても、愛理ちゅわんのこと・・・ねえ? いくら恋愛ごとに免疫のない寮生にだって、そのぐらいはわかる(みぃたんはちょっとアレですが)。 私がみぃたんから話を聞き、あの男子と若執事さんのツーショットを見て、違和感を覚えたのだって、愛理のことがあったから。 それぐらい、若執事さんの思いというのは、大変わかりやすいものだ。ならば、当事者である愛理だって、その気持ちに気づいていないことはない・・・はず。 だけど、この可愛い外見の後ろから、ドス黒いオーラを放出している彼女に、ストレートにそれを問う勇気は私にはなかった。 「私は別に、お二人が付き合っていたとしても、いいんじゃないかなあと思ったけどねぇ」 「ああ、そう・・・」 「だって、その方が、面白いじゃない?ケッケッケッケッケ」 愛理は心底楽しそうにそう言うと、何故かくるんとターンして、その場でふわふわと踊りだした。 その背後、本棚に、いわゆる“BL”と呼ばれるジャンルの文庫本数冊が、綺麗に鎮座しているのが見える。 ――そ、そっち系も嗜んでいるとは、愛理、恐ろしい子!そりゃ面白いよね、身近にそういうサンプルがあったら! 「ち、ちなみに・・・みぃたんの誤解を解いてくださる気は・・・」 「ん?でも舞美ちゃん、思い込み激しい方だから。難しいんじゃないかなあ」 それに、このままの方が面白いしね。ケッケッケ。というのは、私の空耳でしょうか、愛理様・・・キュフゥ・・・。 「私の予想だと、舞美ちゃん、そろそろみんなにこの画像と熊井ちゃんの小説を転送し出す頃じゃないかなあ」 その発言とほぼ同時に、私と愛理の携帯がメールの受信を告げる。 もう、ほんと、みぃたんて・・・愛理って・・・。私はへなへなと座り込んで、力なくキュフフと笑った。 「私たちにだけ、ってことはないだろうしねぇ。きっと栞菜や、舞ちゃん・・・ああ、もしかしたら」 「おじょじょじょ!ギュフーッ!!」 「まあ落ち着いて、なっきぃ。お嬢様宛てのメールははぐれ(ryが検閲するから、問題ないよ。 どうせ一斉送信されちゃったんだろうし、少し時間をおいてから、食堂をお借りして、みんなに顛末報告をすればいいんじゃないかな?」 かな?って、どうせそれをやるのは、アナタじゃなくてアタシだろうに・・・キュフゥ・・・。それに、寮生だけならまだいいけれど、最悪の場合、学園関係者の皆様方にまで流れていたら・・・! 「ほんと、面白いね。なっきぃも。ケッケッケ」 「キュフゥ・・・」 私なんて何も関係ないはずだったのに、天敵のあの男子のために、私が一番オロオロしているこの状況。 若干へこみつつも、これからの釈明会に向けて、力なくノートにペンを走らせるのだった。 (執△事)<おや、村上さんからメールだ。珍しい (執△事)<こ、これは!?噂のボーイズうんたらかんたらという小説! (執△事)<・・・ふむ。なかなか感動的な内容だったなあ。ライブハウスで出会った二人、か。おや?画像ファイルが・・・ (執△事)< 从・ゥ・从<ああっ若執事さん!私、応援しますから!ほらっ握手!(バキゴシャグキッ) (執△事)<アァ~スゴイヨ~スゴイワ~・・・ ノソ*^ o゚)<し、執事さぁーん!!気を確かに! 次へ TOP
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前へ 学校帰り、僕はいつものようにもぉ軍団の席取りに向かうべくいつもの道を歩いていた。 途中、とあるパン屋さんの前を通りかかる。 店先に掲げてある黒板。そこに書いてあった商品紹介が目に入った。 「焼きたて 抹茶メロンパン」 これか。熊井ちゃんが言ってたすぐに売り切れになる抹茶メロンパンって。 もうすぐ焼き上がる時刻らしく、それを求める人の列が既に店先に出来ている。 なるほど、確かにとても人気のある商品のようだ。 ちょうどいいや。買って行ってあげよう。 こうやって、たまには恩を売っておかないとね、とかいってw そう思った僕は、その行列の最後尾に並んだ。 待つことしばし。 お一人様4個限定抹茶メロンパンを無事ゲット。 甘い香りを放つ抹茶メロンパンの入っている紙袋を手にすると、僕は熊井ちゃんにメールを送って報告をした。 (おー、たまには使えるじゃん! 逆に言うとたまにしか使えないってことだけどさ。ま、よくやった。じゃあ待ってるから) 熊井ちゃんからそんなレスが返ってきたとき、店のドアが開き一人の女子高生が足早に入ってきたのだ。 その見慣れた気品ある制服。 入ってきた学園生の姿を見て、僕の体は固まることになる。 その人はなんと、愛理ちゃんじゃないか。 あ、あ、あ、愛理ちゃん!!!? 可愛らしい彼女の姿。 いつものように、僕の体から全ての動きは失われて完全に固まってしまう。 だって、彼女は僕にとって別の世界の人なんだ。僕のような単なるBuono!の一ファンが関わることを許される人では無いのだ。 自主規制モード発令。 一線の向こう側の人の姿を認めたことで、思考までもすっかり停止してしまったが、いやいや、待てよ? 別にそこまでしなくてもいいのでは・・・? そうだよ、その可愛らしい姿をちょっと目に入れさせてもらうくらいはいいだろ。 愛理ちゃんが間近にいるなんて、こんなラッキーなことはめったにないんだ! そうと決まれば固まってる場合か、もったいない!! 僕の目の前に愛理ちゃんが現れてくれてるんだ。気持ちを強く持て! 気力を振り絞った僕は、見るだけでも緊張を要するそのあまりにも可愛らしい天使さんへと視線を向けるのだった。 一方、僕のことにまだ気付いていない愛理ちゃん。 にこやかな笑顔の彼女、クネクネとした動きもまたとても独特で。 どうやら愛理ちゃんは何かテンションがとても高まっているようだ、ということがそこからは見て取れた。 ・・・・・カワイイ。 もう本当にかわいすぎるよ、愛理ちゃん!! 脱力しそうになるほど眼福なその光景に、僕の意識はすっかり支配されてしまった。 もはや今となっては頭の中にあるのは目の前のこの愛理ちゃんのことだけ・・・ 急いでやって来た様子にも見えた愛理ちゃんだったが、その割にはのんびりとした口調で店の人に尋ねた。 (その彼女特有のふわふわした口調のかわいいことと言ったら!!) 「あのー、抹茶メロンパンまだありますかぁ?」 「すみません。ちょうど今売り切れてしまったところなんです」 「ガーーーーン!!」 ショックを受けた場面でよく入る、この効果音。 それを実際口に出している人というのを、僕は初めて見たような気がする。 しかも、体全体を使ったオーバーなリアクションもまたとてもユニークなものだった。 自らの体で今の心情を表現した愛理ちゃん。 お目当ての抹茶メロンパンが売り切れていたことで大変ショックを受けた様子というのがありありと分かる。 次の瞬間には、その可愛いお顔がしょんぼりとしてしまった。 そ、そんな顔をしないで! 愛理ちゃんにそんな表情は似合わないよ。 彼女が受けているそのショック。今ここにいる、ぼ、僕がそれをを消し去ってあげなくては! かような使命感を持って僕は彼女に声をかけたのだ(キリッ 「あの・・・・・」 突然声を掛けられたことで多少ビックリした様子の愛理ちゃん。 だが彼女は僕の姿を認めると、なんと目尻を下げて微笑んでくれたのだ。 「あらー」 僕ごときが彼女にそんな反応をしていただけるなんて・・・・ 分不相応としか言いようが無いその光景。 一瞬にして記憶が飛びそうになったが、そんな僕に愛理ちゃんが語りかけてくれる。 「えっと、確かももの軍団の人」 僕という人間は、愛理ちゃんにはそういう認識で捉えられているのか・・・ 僕個人の存在の前に、常に枕詞として付くその団体名。 これが現実だ。 なるほど、いま僕に向けられた愛理ちゃんの微笑みの意味はそっちの方だったのか。つまり、微笑というより失笑・・・ 若干ちょっと不本意なところもあるが、でもまぁ愛理ちゃんが僕のことを見て微笑んでくれた事実に変わりは無い。 だから、僕は浮き立った気持ちの勢いのまま彼女に話しかけた。 「抹茶メロンパン、売り切れ、だったんですか?」 「そうなんですよぉ~。わたし抹茶味のモノが大好きなんですけど、しばらく食べてないなぁと思ったら、そのとたんにどうしても食べたい気分になっちゃって。 だから、もう今日は朝からずっとそのことばっかり考えていたんですね。授業中も上の空になってたぐらいにして。 で、ホームルームが終わったらすぐに教室を飛び出して急いで来たんですけど、やっぱり間に合わなかったかぁ~」 とても可愛らしい表情の愛理ちゃんが身振り手振りも交えながら(カワイイ・・)早口で何か説明してくれたんだけれど・・・・ そのカツゼツ・・・ 愛理さん、ちょっとなに言ってるのか分からないです。 でも、愛理ちゃんが情熱を持ってここにやってきたことは、お目当てのメロンパンが買えなかったことで心底ガッカリとされているその様子からもよく分かる。 しょんぼりとした彼女のそんな姿を見るのは忍びなかった。 だから、僕は突き動かされるように愛理ちゃんにこんな提案をしていた。 「あの、これ抹茶メロンパン、たぶん最後に買ったのが僕だったんですけど・・・」 そう言って手にした紙袋を掲げてみせると、愛理ちゃんの視線がその紙袋に注がれる。 「これ、良かったら食べてみませんか。そこにイートインコーナーがありますから」 「えー!いいんですか?」 「えぇ、良かったら是非」 僕がそう言うと、心から嬉しそうな顔になってくれた愛理ちゃん。 でも奥ゆかしい彼女は、まだどこか遠慮がちな様子を崩さなかった。 「本当にいいんですか?」 「えぇ、もちろん」 「でも、、、これ買うのに並んだりしたんですよね?」 「それぐらいのこと。逆に、愛理ちゃんに食べていただけるなんてこの上ない光栄です!」 「そんな・・・ あ、じゃあ私飲み物を買ってきますね。何がいいですか?」 「・・・えっ?」 「メロンパンのお礼です。買ってきますから飲みたいものを教えてください」 微笑む愛理ちゃん。 その笑顔の破壊力は抜群だった。 再び一瞬にして記憶がすっ飛びそうになるのを何とかこらえる。 「え、あ、あ、あの、、、じ、じゃあ、僕はカフェラテを・・・」 「カヘリャテですね。わかりましたぁ」 テーブル席に一人座っていると、カウンターで飲み物を注文する愛理ちゃんの後ろ姿が見える。 ストレートの黒髪の、なんと艶やかなことか! 本当に美しい。 愛理ちゃんの醸し出している上品さ。これこそ正に僕がイメージする私立のお嬢様校の生徒さんの姿だ。 清純なその姿は、こうやって見ているだけでも心が洗われるような清清しい気持ちにさせてもらえる。 彼女が向こう側を向いているのをいいことに、僕はしばしその美しい後ろ姿をガン見してしまった。 注文した品を揃うのを待っているあいだ、小刻みに体を左右に揺すっている愛理ちゃん。 その動きがまた、とてつもなくカワイイ・・・ 品があって、可愛くて。そのうえ、聞いたところでは彼女はとても頭もいいそうだ。 あぁ、この人は何でこんなに完璧なんだろう・・・ 「お待たせしましたぁ」 お盆の上に飲み物を載せた愛理ちゃんがテーブルに戻ってきた。 そして、僕の目の前に座った。 あの愛理ちゃんが僕の目の前に。 次へ TOP
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前へ 「おはよーございまーす。一列に並んでくださーい」 校門に足を運ぶと、学園の生徒がズラーッと列を形成していた。 本日は我が高名物、風紀チェックが行われているみたいだ。 「げっ・・・聞いてないんだけど」 「そりゃあ、事前に公開してたらチェックにならないし」 本日はつけまつげてんこもりな梨沙子、くるんくるんになったそれをパチパチさせて、これ、自前の睫毛ってことでごまかせないかな?なんてとんでもないことを言う。 「ま、あきらめるんだね。せめてなっきぃに当たらないよう、祈ってなさい。 それにねー、いっつも言ってるけど、梨沙子はメイク薄いほうが絶対可愛いんだから。 せっかくそんなかわゆい顔に生まれてさ、しかもまだまだ若いのに」 「ふんっ、なんだよー、まーさったらおばちゃんみたいなこといって!」 「お、おばっ」 口を尖らせてぶーたれる梨沙子。 「もっとさー、茉麻だって制服着崩したらいいのに!それじゃ真面目でつまんなーい」 「私はいいの、これで!ほら、いっといで!梨沙子の番だよ!」 まったく、私のベビーちゃんたら、反抗期かしら! 小型犬のようにキャンキャン吠えながら、係の子の前に赴く姿を見送って、次は私の番。 「おねがいしまーす!」 「いいですか、そこにある除光液でマニキュアを・・・あ、茉麻ちゃん!キュフフ、おはようございまーす」 本日の担当は、なっきぃ。 「今日、寒いねー」 「ねー」 あきらかに問題ナシな私相手だから、チェックも雑談を挟んでのゆるーい感じ。 別に、ビビることないじゃんね。普通にしてればいいの、普通に。 奥の方で、梨沙子が風紀委員の人に一生懸命言い訳している声が少し聞こえて、思わずニヤニヤしてしまった。 「・・・はい、いつもどおり問題なし! やっぱり制服の着こなしはこうでなきゃ、ね?さすが次期生徒会長っ!」 「あー、やっぱなっきぃももう知ってたんだ」 「ん?生徒会長就任の話?だってみぃたん、ずいぶん前から言ってたからね。後を継いでもらうのは、茉麻ちゃんに決めてるって。 寮のみんなももちろん知ってるし、お嬢様だって。 下手したら、お嬢様のお屋敷のメイドさんたちも知ってるかもよ。みぃたん、本当嬉しそうにいろんなとこで言ってたから。キュフフ」 「・・・私それ、昨日聞いたばっかなんですけど」 「へえ!?うそー」 まったく、みぃたんたら!と頭から湯気を出すなっきぃ。 でも、あの大型犬のようなほえーっとした笑顔の前に立ったら、なっきぃのこの怒りだってすぐ静まっちゃうんだろうな。 「え、じゃあスピーチとか大丈夫?発表、今日なんだけど」 「うん、一応昨日用意して、覚えてきた。つもり・・・」 「そか。私も万が一と思って、簡単に原稿作ってきてたけど、なら平気だね、さすが茉麻ちゃん。もう、それにしてもみぃたんたら・・・ごめんね、あとでクレームいれとくから!」 プンプン怒る顔はどこか可愛らしくて、真面目で規律に厳しい風紀委員長なのに、決して恐れられてはいないなっきぃらしい。 このしっかり者が、今年も副会長としてサポートしてくれるというのは本当にありがたいことだ。 「あら、茉麻さん。ごきげんよう」 そんな調子でなっきぃとおしゃべりしていたら、突然後ろから声をかけられた。 「あ、おはよう!」 「ウフフ、なっきぃ、書類をお持ちしたわ。 千聖の担当場所は、もう終わったから」 お上品な口調の、小さい体の小犬顔の女の子。 大きな青いリボンをキュッと結んだ胸に、バインダーを抱えた千聖お嬢様が、ニコニコしながら立っていた。 「キュフフ、お嬢様。ご協力感謝いたします。 おかげで風紀チェックがはかどりました」 「お役に立てて嬉しいわ」 「え?どういうこと?お嬢様、風紀委員やってるの?」 思わず、2人の会話に口を挟む。 「いいえ、そういうわけではないのだけれど。 ただ、今日は委員の方がお一人欠席なさると聞いたので、お手伝いをさせていただいてるの」 「へー・・・」 「お嬢様ったら、“私、なっきぃをお助けしたいわ!”なんて言ってくださるから、もう嬉しくて嬉しくて。 早起きは苦手なのに、今日はわざわざ私と一緒に、徒歩登校してくださったんだよ!」 2人とも、すごく優しい顔をしている。 去年の今頃は、せっかく放送委員会に入ったのに、全然お仕事を回してもらえないと落ち込んでいたお嬢様。 でも今は、こうして自分から、お手伝いを申し出るような勇気を持てるようになった。 放送委員の方も、学校放送でしばしばその声を聞くぐらいだから、順調なんだろう。 大人になったのね・・・と私はしみじみしてしまった。 赤だった制服も、高等部の青色に変わり、男の子みたなショートヘアーは、ツヤツヤの栗色セミロングになった。 いつも眉を困らせて、捨て犬みたいに不安そうな表情だったのに、最近は凛々しい表情で、人の目を真っ直ぐ見て話すようになった(中身は相変わらずぽわんぽわんだけど)。 誰かが守ってあげないと、どうしようもない感じだったお嬢様は、どんどんたくましく、美しい大人になっていく。 それは嬉しいような、寂しいような、そして眩しいような・・・。 「キュフフフ、茉麻ちゃん、おかーさんみたいな顔してる」 「えっ」 可愛らしい前歯をぴょこんと出して、なっきぃが楽しそうに笑う。 「お母さん、って・・・」 別に、貶す意味で言ったんじゃないのはわかるんだけど。さっきの梨沙子の言葉が脳裏をよぎる。 “まーさ、おばちゃんみたいなこといって!” 「・・・茉麻ちゃん?」 「ねー・・・、私って、おばちゃんっぽいかなあ」 比較的真面目な部類に入る相手にだから言える、愚痴のような相談のような私の言葉に、目をパチパチさせる2人。 「おば様・・・ですか?どうして?茉麻さんは、千聖の叔母や伯母とは、全く違うと思いますけれど」 「あー、いや、そういう意味じゃないんだけど」 どうやら、千聖お嬢様には私の質問の意味がわからないらしい。 それなら、なっきぃ!と思い、視線を向けると、わかりやすく焦った表情で「そそそんなことないよ!キュキュキュフフ」と見え透いた慰めの言葉を送ってくださった。 「あー、やっぱそうだよね・・・」 「いやっ、違・・・」 「梨沙子にも言われちゃった、茉麻はおばちゃんみたいだって」 嘘のつけないなっきぃは、でも、とか違うの、とか言いながら、ますます慌ててしまっている。 私は私で、どんどん自分の声のトーンが落ちていくのを感じた。 だってだって、今日から生徒会長なんですよ!フレッシュ感とかあるじゃない、あれって大事だと思うの。 なのに・・・ 「・・・あの、茉麻さん」 あまりにへこんだ顔だったからか、千聖お嬢様がスッと白いハンカチを差し出してくれた。 「すぎゃさんが仰りたいことの意味はわからないのだけれど・・・千聖にとっては、茉麻さんはおば様というより、お母様のような存在だと思います」 「お母さんか・・・うーん」 フォローになってるんだかいないんだか、それでも千聖お嬢様は一生懸命に話し続けてくれる。 「千聖ね、普段ママ・・母と離れてくらしているから、どうしても寂しくなってしまうことがあるのだけれど、茉麻さんとお話していると、心が安らぐわ」 「そ、そうそう!ほんとその通り!生徒会室にまあさちゃんがいると、ああ、今日は安心だなって思うもん。 あれだよ、りーちゃんはさ、どーせ服装のこととかでまあさちゃんに反発したんでしょ? まったく、嗣永さんほどじゃないけどさ、りーちゃんも結構着崩すようになってきたよね。これはぼちぼち個別指導を・・・」 最後の方は独り言みたくなって、なっきぃの関心は私を慰める事よりも、風紀問題のほうへと向いていったようだった。 「ま、でもまあさちゃんがトップになったなら、みんなまあさちゃんに倣って、ちゃんと制服着るようになるよねっ 本当、頼もしいわ~。 お嬢様も、お化粧は色つきリップだけですよ!今日みたいな格好が一番!」 なっきぃは満足そうにキュフフと笑って、私とお嬢様を見比べた。 ノーメイクで、髪の毛のアレンジは可愛いシュシュで一つにまとめる程度。 リボンは多分、自分には似合わないと思うから、ネクタイ。 スカートは膝がのぞくぐらいにして、靴下は紺ハイソ。靴は無難な配色のスニーカー。指定の鞄にはディ○ニーキャラのおおきめのマスコットを1つだけつける。 そんな感じで、ハメを外さない私の姿は、なっきぃには大変好ましく映るらしい。 お嬢様も大体私と同じような感じで、私との違いはネクタイがリボン、スニーカーはローファー、鞄にはマスコットとかはつけてない。ヘアスタイルは結構こだわるタイプ。 ごく普通の格好なのに全く野暮ったくないのは、そこはかとなく滲み出るお嬢様オーラと、よく整った気品あるお顔のおかげだろうか。 「2人共、模範的で素晴らしいよ!キュフフフ。だからまあさちゃん、本当に気にしなく・・・」 突然、なっきぃの言葉が途切れた。 「どうしたの?」 くりんと丸い両目が、私の肩越し、斜め上に向けられたまま、静止している。 「まあ、ウフフ。今日も個性的ね」 のほほんと微笑むお嬢様も、視線はだいぶ上の方。 何となく、嫌な予感を覚えつつ、私は目線を追って後ろを振り返った。 小柄な2人が首を上に向けているという事は、その対象となっている人物は高身長。 うちは女子校だから、背の高い人は目立つ。 そんな中でも、背だけではなく、あらゆる意味で目立つ人と言ったら・・・ 「・・・やっぱり」 「あ、まーさになかさきちゃん!お嬢様も!セイホーオ、YOチェケラッチョ!おはYO!」 膝を曲げ、カクカクと妙な動きをしながらこっちへ向かってきたのは、言わずもがな。 当校随一の変人、大きな大きなベアーさん。 一体、うちの学校はいつから私服登校になったというんだろう。ダ ボダボのパーカーのフードをすっぽり被り、超ミニスカートの下にシャカシャカ素材のジャージを合わせた熊井ちゃんは、イヤフォンから爆音でヒップホップを垂れ流しながら私達の方へ歩いてきた。どうみても最凶DQNです本当にありがとうございました。 「ごきげんよう、大きな熊さん。今日はシルバーのアクセサリーをつけていらっしゃるの?とても大きなリングね。髑髏のネックレスも、とても存在感があるわ」 「HOO!さすがマイメンだぜ。これは弟からが借りてきたっていうか貰ってきたんだぜ!何か知らんけど泣いてた!」 これにひるまないお嬢様もどうかと思うけれど、隣のなかさきちゃんなんて、もう飛び出そうになっちゃってる。目玉とかいろいろ。 「てかうちさー、今後はヒップホップで食べてこうかと思ってー。うちもそろそろ10万17歳だし」 「熊井ちゃん、その人はヒップホップじゃないから」 「く、く、くまいーーー!!!!!!お、おま、おまおまおま」 私のツッコミも、せっかくのなっきぃの大爆発も、熊井ちゃんには特に何の効果もないらしく、何怒ってんだYOとか言って火に油を注ぐ始末。 「またわけわかんないものに感化されて!いい、ゆりなちゃん!もう最上級生なんですからね!これからは生活態度を」 「あ、そうだなかさきちゃん」 天然なのか、悪い子なのか。 はなっからなっきぃの話を聞く気がない熊井ちゃんは、また話を強引にぶった切る。 「こ、今度はなによゆりなちゃん!」 「忘れてたけど、これからよろしくね」 「は・・・?」 いぶかしむなっきぃ。・・・あれ、もしかして“あのこと”知らないのかな? 「あのね、なっき」 「うち、生徒会入ったから!うちらの戦いはこれからだ!ユリナ先生の活躍に御期待ください!みたいな!あははは」 キュフゥ・・・ もはや半笑いのなっきぃが、音もなく崩れ落ちた。 次へ TOP
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前へ 私、有原栞菜は今ある悩みを抱えていた。 お小遣いが足りないのだ。 この夏休み、いろいろと遊びに出かけたうえに、物欲のままに次々と出るアイドルの写真集を買いすぎた。 その結果、こうやって悩むことになっているわけで。 困った。まだ今月は長いというのに。 まぁ、あれだ。 支出が多くて小遣いが足りないのなら、その分の収入を得ればいいわけで。 その論理的な思考に、私って本当に頭がいいな、と思う。 しかし、そうは言うけど収入を得るということはそれなりに大変なこと。 お金を稼ぐには、この私の貴重なる時間を奪われるということでもあるし。やはりそこが問題だろう。 そう、それにより美少女と関わる私の趣味の時間が奪われたりするのは耐え難いこと。それだけは絶対に避けたい。 それに、私はかよわい女の子なのだ。 つらい労働をしてお金を稼ぐなんてことには、ひょっとしたら耐えられないかもしれない。 私はめぐのようにフルメタルマッチョryな人間というわけではないのだから。 頭のいい私としては、もう少し効率的に事を運んで目的を達成させたいところだ。 無駄な労力は使いたくないかんな。 さて、どうしたものか・・・・ そんなことを考えながら、通学路を歩いていると・・・・・ いるよ、今日も。 おまえいつもいるな。 新学期早々こいつの顔を見るとはね。 誰がいたのかって? 女子校の通学路をいつもうろついてる変態野郎といえばこいつしかいない。 ついこのあいだまでも夏期講習で毎日見ていたこの男子生徒。 夏休みがあけるやいなや、待ってましたとばかり学園にやってきているのか。 よくもまあ飽きずに。 そんなに会いたいのか萩原に。 あいつに会ったって微笑んでくれたりする訳でもないだろうに。 物好きというか何と言うか・・・・ 私には全く理解できないかんな。 でも、ちょうどいいところに来てくれた。 まさに、飛んで火にいる夏の虫だかんな。 私の頭の中で、目の前のこいつと、先程の懸案事項がリンクした。 思いついたその素晴らしい考え。 我ながら見事な発想だと思う。 自分の優秀な頭脳に感謝したくなる。 これから行うことに思いを馳せると、私の顔には自然と笑みが浮かんでくるのだった。グヒョヒョヒョ。 でもまぁ、その本件に行く前に、ちょっと遊んでやるとするか。 ------------------------- さゆみさんという人のところに行くという小春ちゃん優樹ちゃんと別れて、僕は帰宅の徒に就く。 これから帰れば、僕がちょうどバスを降りるころに、下校している学園生もそこを通りがかるはずだ。 久し振りにお目にかかる学園の人たち。誰に会えるかな、楽しみだなあ。 ひょっとしたら、いきなり舞ちゃんに会えたりして。お嬢様も一緒に会えるかな。 そういうところ、意外と運があるんだよな、僕は。 そんな期待感で胸を膨らませている僕の目に入ってきた最初の学園生は、この人だった。 ・・・・・・・・・・・・・・有原。 よりによって、栞菜ちゃんかよ。カンベンしてくれ。 だって、この夏休み中も夏期講習で彼女とは連日顔を突き合わせて、そのたびに僕はいろいろな被害を被ったりしていたわけで。 だから今、やってきた彼女の姿を見ても、何のトキメキも感じない。むしろ飽き飽きとした気持ちが湧き上がってくるぐらい。 舞ちゃんに会えるのを期待していたら、やってきたのは有原とか。 なんだよこれ、最悪の展開だろ。 ・・・・・なんて、こんなことを思っていられるのも、今はまだ彼女との距離があるからだ。 この距離なら僕の思っていることを読まれたりすることもないだろう。 だんだん接近してくる彼女。ここからは危険区域に突入だ。 だから、その時点から僕は務めて心を無にして平静を保つよう意識する。 やってきた栞菜ちゃん。彼女の方もここにいる僕に気付いたようだ。 彼女のその顔。僕を見てあからさまに口許をゆがめた。 いつもの、僕を見下している感がありありと浮かんでいるその歪んだ笑顔。実にいやな表情だ。 絡まれたりするのは願い下げなので、目線を合わさず静かに通り過ぎようとしたら、そんな彼女から声を掛けられる。 「おいオメー、ちょっとこっちに来い」 いきなりそう言われて、栞菜ちゃんに人気の無いところへと連れ込まれた僕。 な、なんだよ、まるで人目を避けるようにこんな路地裏に引っ張り込んだりして。 狭い路地裏で学園の女の子と2人っきり。 なんなんだ、この状況は。 その狭い路地裏のことゆえ僕と彼女の間には、近すぎる!と思うぐらいの距離しかなくて。 ・・・・うわぁ、なんかドキドキしてしまう。 相手はあの有原だけど、そんな栞菜ちゃんだって見た目だけは美少女だからさ。 こんな距離で相対してしまうと、心の平静を保つのは難しい。 うん、例え相手が有原であっても心臓が高鳴ってくる。これは男の性ってやつ。どうしようもないこと。 そんな場所で栞菜ちゃんは僕をじっと見てきた。 な、なんだよ、そのねっとりとした視線は。 ひょっとして・・・・・・ まさか、僕へ告白でもしてくるつもりじゃないだろうな・・・・ ・・・・なーんて。 そんなこと、思うわけないだろ。 目の前にいるこの人は、有原さんなのだ。 僕がそう思った瞬間に脳内の考えを読みとって、それをネタにして絡んでやろうという考えなんだろう。 その手には乗るかっていうんだ。 「おい、いい加減にしとけよ」 「は?」 「だから、この私が優しくしているうちに調子に乗ったこと考えたりするのはやめろ、と言ってるんだよ」 「だ、だから、いま僕は自分の妄想に対して、ちゃんと自己否定したじゃないですか・・」 「まったく、オメーは・・・ もうちょっと強めの調教で追い込んでやったほうがいいのかな」 そう言って彼女は「分かってないな・・・(ヤレヤレ)」というようなゼスチャーをする。欧米か。 しっかしこの人、また訳分からないことを言い出してるよ。 これだから、いつだって恐怖心が湧き上がってくるんだ、この人と一緒にいると。 「それに、今のその前のもそうだよ」 「な、なんのことでしょうか?」 「私との距離が離れていれば心を読まれないとか思ってたみたいだけど、それ距離は関係ないから」 「な、な、なんで・・・いや、そんな・・・」 「萩原じゃなくて私に会えるなんて、そんな素晴らしい幸運に素直に感謝できないとか、人としてどうなんだよオメー」 もういやだ。 早くこの場から立ち去りたい。 そんな強いストレスを感じている僕に、栞菜ちゃんが不意に真面目な声で聞いてきた。 「オメー前から一度聞きたかったんだけど、萩原のどこがいいんだかんな」 「な、なんだよ、突然・・・・」 「不思議なんだよ。あんな協調性のかけらもないような中2病のやつの、どこを見て好意を抱いたわけ? ま、確かに顔はいいけど」 「舞ちゃんのことをそんな言い方するな!!」 脊髄反射で腹を立てる僕の反応に、満足気な顔をする有原。 とても愉快そうな彼女が更に話しを続けた。 「分かってないなー。だってさ、知ってるの? あいつ、かなり腹黒いぞ?」 「栞菜ちゃん、笑っちゃってるから・・・・ そんなこと言って僕をからかってさ!!」 僕のことをわざと挑発するようなこと言って、その反応に揚げ足を取って楽しもうっていうんだろ。その手には乗らないから。 だから、僕は彼女の言うことは聞き流して、あくまでもマジレスで返答する。そう、舞ちゃんのことなんだ。そこは僕の本心を。 「あのやさしそうな笑顔を見ていちころだったんだよ。まさに天使の笑顔でしょ。 見ているだけで暖かさに包まれる優しい笑顔、耳にするだけで心が休まる柔らかい声色。まさに癒し系美少女・・・」 「優しい笑顔、柔らかい声色に癒し系って・・・・・・ それ、誰のこと言ってるんだ?」 僕の言ったことに一瞬絶句した栞菜ちゃん(なぜ絶句する?)が、言葉を続ける。 「あいつが優しい? あの殺戮ピryが? 前から思ってたけど、オメー感性が相当おかしいかんな。熊井ちゃんに対する信頼感なんかもそうだけどさ」 「熊井ちゃんに対する信頼感? 僕が熊井ちゃんに? 栞菜ちゃん、なに言ってんの?」 「またまたぁw ま、それは今はいいや。その件についてはおいおい、なww」 いちいち意味ありげな冷笑を浮かべて僕を見下す栞菜ちゃん。 話しの主導権を握っているのは、あくまでもこの人。 「まぁいい。それよりも今は・・・・ 次へ TOP
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前へ 「千聖お姉さま」 翌日の登校中、みんなで連れ立って歩いていると、一人の初等部の生徒が、スッと林道の脇から出てきた。 「ごきげんよう、かりん」 おお・・・この子が、噂の。 聡明そうな顔立ちに、しゃんと伸びた背筋が好ましい。 みんなが言うとおり、品行方正な優等生って感じだ。 「ごきげんよう、お姉さま。一緒に登校してもいいかしら?」 舞ちゃんの肩がピクッと反応した。 だけど、肝心のお嬢様は、一切動じている様子はなくて・・・昨晩はこの“かりんちゃん”のことで、めぐぅとお嬢様が言い争いになったはずなのに、そういう素振りは見せない。 ただ静かに、その神秘的な茶色い瞳で、かりんちゃんをじっと見つめている。 快でも不快でもない、無表情に近いお嬢様のその顔は、あまり見たことのない類のもので、なぜか焦燥感を覚える。 普段は喜怒哀楽のはっきりしているお嬢様だから、その心が見えないと、不安を感じてしまう。 「・・・ええ、もちろんよ、かりん」 しばらくすると、お嬢様はふっと表情を緩めて、かりんちゃんのブラウスの紐リボンを軽く結びなおした。 「わあ、嬉しい。私、お姉様にお話したいことがたくさんあって・・・」 「ウフフ、そうね。千聖もぜひ聞かせてもらいたいわ。皆さん、お先に」 2人はそのまま一礼して、連れ立って先に行ってしまった。 遠ざかる談笑の声は、明るいもののように聞こえるけれど・・・お嬢様の小さなその背中には、緊張感がみなぎっているように見えた。 なんだろう、この感じ。 お嬢様の交友関係に口を挟むような真似は、極力したくない。 だけど・・・彼女、一体何者なんだろう。 「・・・舞も先行くから」 「あ・・・ちょっとぉ」 私にかばんを押し付けて(ひどいケロ!)、舞ちゃんが2人の後を追う。 抗議しようとした私の腕を、栞菜ちゃんが軽く引いた。 「ねえ、あの子、通学路は逆方向のはずだかんな。わざわざ回り道してきたんだね」 「・・・なんでそんなこと知ってるの、かんちゃん」 私からの問いかけは薄ら笑いで流して、話を続ける栞ちゃん。 「でも、かりんちゃん、いつの間にああいう感じになったのかな。美少女図鑑、更新しなきゃいけないかんな」 「ああいう感じって?」 「ね、明日菜お嬢様?かりんちゃんって・・・」 ――だから、さっきからナチュラルにシカトすんのやめるケロ! 「ああ・・・実は、私も気になっていたのよ」 唐突に栞ちゃんに話しかけられた明日菜お嬢様は、ふと愛理との会話を中断して、こちらに意識を向けてくれた。 大好きな千聖お姉さまを取られちゃったからなのか、少し不機嫌そうに眉を寄せている。 「宮本さん、今とは違うタイプだったの?」 「ああ、それは、その・・・何と言ったらいいのかしら」 キュフフ・・・愛理からの質問なら受け付けるってわけケロね・・・。別にいいし!泣いてなんかいねーし! 「去年なんだけど、学園総出の校外学習があったでしょ?水族館に行ったやつだかんな。 あれ、あたしと明日菜お嬢様は同じグループだったんだけど、かりんちゃんも一緒だったの」 なるほど。栞ちゃん、明日菜お嬢様、宮本さんは、そういう繋がりか。 他等部との交流が盛んなうちの学校は、しばしば違う学年同士で絡むことがある。 あの時、私は聖ちゃんと一緒だったな。あと、アホみたいなレインボーニーソックスがトレードマークの・・・ 「で、その頃のかりんちゃんは、小もぉ軍団に関わってはずだかんな」 「ギュフーッ」 そのジャストタイミングな発言に、思わず悲鳴を上げると、なぜか栞ちゃんがニヤーッと笑った。 「う、うそでしょ。あんな真面目そうな子が」 「それがね、早貴さん。 さっき栞菜さんもおっしゃってたけれど、以前のかりんさんは、今とは少し雰囲気が違っていたと明日菜も思うわ」 「・・・あー、そっかそっか。どっかで会ったことあると思ったら、もものファンクラブの中にいたんだ、かりんちゃん」 愛理までもがそういうのなら、間違いなさそうだ。それにしても、あの模範生なかりんちゃんが・・・? 小もぉ軍団。 卒業後も当学園に深い深い爪痕を残してくれやがった、ぶりぶり小指星人・嗣永桃子を崇める下級生たちの総称。 嗣永さんの進学を期に、おとなしくなっていたと思ったら・・・久しぶりに聞いたその名前に、悪寒を覚えた。 嗣永さん一人でもかなりあばばばな存在なのだけれど、小もぉ軍団は・・・。愛する学園の生徒に、こういうことを言うのもなんだけれど、彼女たちは大変、マナーのなっとらん集団という印象が強い。 なんでも、あの嗣永さんが直接、その活動についてやんわり注意したことまであるとかいう噂も耳にしたことがある。 「キャラ変えって、結構労力いると思うのに。初等部でそんなに変われるなんて、なかなかすごいよねー。ケッケッケ」 愛理はいつもどおり、飄々とした感じで笑っているけれど、私は何となく落ち着かない気分だった。 「・・・そんなに、今と違ってたの?宮本さん」 「うん。まさにちっちゃい嗣永さんって感じだった。ピンクのソックスに、デカりぼんのツインテール・・・。“よろしくおねがいしまぁす、ウフッ☆”とか、もう完全にコピーしてて、小もぉ軍団の恐ろしさを思い知った出来事だったかんな、あれは」 今と180度違う、そのキャラ説明。あんな真面目そうな子が?とてもイメージできない。 同時に、昨晩のお嬢様の思いつめた顔が脳裏をよぎる。 果たしてお嬢様は、かりんちゃんのキャラチェンジとやらを知っているのだろうか。そうまでして、お嬢様に近づきたい気持ちって? 千聖お嬢様はとても純粋で、人を疑うことを知らない。 あまり下級生を悪く思いたくはないけれど、それが純粋にお嬢様を慕う気持ちによるものなのか、今の時点では判断が難しい。 そして、もしよからぬ打算的な考えがあるのなら・・・それは、お嬢様のお目付け役として、私がブロックすることも考えなければいけない。 過保護って言われるかもしれないけれど、それが私の役割。 この姉妹ブームには、生徒会としても目を光らせなければいけないし、いい機会だ。 さっそく内部調査をしなければ(キリッ) ここにいる誰かで、下級生に詳しい人・・・栞ちゃん、はダメ。何かダメ。本能的にダメ。 愛理もさほど、下級生事情に明るいとは思えない。 「・・・もう、お姉さまったら、明日菜がいるのに妹だなんて・・・小川さんにだって気を持たせて、どういうおつもりなのかしら」 地味にプンスカしている明日菜お嬢様も、ちょっと聞きづらい雰囲気。 「キュフゥ・・・」 どうやら、今すぐこの話を持ちかけられる人はいないようだ。 生徒会なら、茉麻ちゃんは全面的に頼れる。熊井ちゃんは栞ちゃん級にありえない。りーちゃんは、下級生にはまったく興味なさそう。繰り返しますが、熊井ちゃんはありえない。 徳永さんや夏焼さんは、ぶっちゃけ私はみんなほど信用してない節がある(しつこいタイプなんで、私!)重ね重ね申し上げますが、熊井ちゃ 「あの、中島先輩」 「うぎゃっ」 いきなり耳元で話しかけられたもんだから、私は思いっきりのけぞってしまった。 「うふふふふ、おはようございます」 「あ・・・な、なんだ聖ちゃんか。キュフフ、おはよう。早いねえ」 そこにいたのは、中等部の聖ちゃんだった。 大人びてしっとりした色気を感じる顔立ちに、落ち着いた喋り方は、妙に心が落ち着く。 「何か、ありました?お力になれることがあれば」 寮の皆には聞こえないぐらいの声で、聖ちゃんはさりげなく気を回してくれた。 この落ち着き、風格、気づかい。中等部2年生とは思えない、冷静さ。 赤いネクタイの制服なんかより、スーツやOLさんの制服のほうが似つかわしい気がしてしまう。あるいは、保健の先生みたいな白衣とか。 あ、そういえば・・・ 「聖ちゃんって、学園の生徒のこと詳しかったよね?」 ビンゴゲームで景品になってた私を落札(?)してくれたり、何かと交流のある彼女。 雑談中に私がふと特定の誰かの名前を出すと、そこから無限に話が広がったりする。 ――ま、詳しいといっても、たぶん栞ちゃんとは違うタイプだと思う。っていうか信じてる。たまに茫洋とした顔でニヤニヤしてるのも見なかったことにするケロ! 「・・・そうですねぇ、生徒全員について詳しいわけではないですけど、有名な人なら、わりと」 「じゃあ、宮本かりんちゃんって知ってる?」 聖ちゃんの切れ長な目が、スッと細められた。 次へ TOP
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前へ なんだかつまらないわ、とお嬢様が唐突につぶやいたのは、朝の食堂でのことだった。 「え?」 「私、とても退屈だわ」 その言葉に光の速さで反応したはぐれ(ryの二人が、オメーなんか面白いことやれと若執事さんに絡んでいくのを、「ああ、違うのよ」と両手で制するお嬢様。 「私、とてもつまらない人間だと思って」 ぐるりと寮生に視線を向けるお嬢様。なんだかとても寂しそうなお顔に見えて、私は強めに首を横に振った。 「そんなことないですよ」 「まあ、愛理は優しいのね」 「私、お嬢様との深夜のお庭散歩とか、すっごい楽しみにしてますし」 ――まだやってたんでしゅね、とばかりに、舞様がお厳しい視線を投げてくるけれど、まあ、スルー。ケッケッケ 「何か、ありました?あ・・・よかったら、これ」 デザートのフルーツヨーグルトをお嬢様に謹呈しつつ、心優しいえりかちゃんもお嬢様を気遣う。 「昨日ね、大きなくまさんやすぎゃさん、それから舞と生徒会室でお喋りしていた時に思ったのだけれど」 舞ちゃんの眉が、ピクッと持ち上がる。 「私には、皆さんみたいに、何か取り柄と言えるようなものがないのよ。舞は学習能力に長けていらっしゃるし、大きな熊さんはどんなジャンルも自分のものとしてこなしてしまう、すぎゃさんもBuono!の応援団長として、右に出る者はいないほどご活躍なさっている・・・」 ――いやいや、その辺の特濃キャラクターは一般人ではないですし・・・。 でも、うらやましく感じる気持ちはわかる。特に、熊井ちゃんや舞ちゃんと来たら、いつでも自信に満ちた言動と態度で、唯一無二のキャラクターを誇示している代表格のようなものだ。 そういえば、前にもあったな。 個性派にあこがれたお嬢様が、熊井ちゃんとともに、チョベリバでホワイトキックな日常をチョベリグにするために、ガングロギャルに変身したり。 たしか、その時なっきぃが・・・チラッと視線を送ると、ちょうど同じ事件が脳裏をかすめたのか、顔面蒼白の風紀委員長さんがガタッと立ち上がったところだった。 「おじょじょj、何言ってるケロ!私は今のままの純真で清らかなお嬢様が好きですよ!ノーモアクマイ!」 「でもでも、」 「そうだかんな、お嬢様!よく考えてみてほしいかんな、本当に、ハギワラの野郎みたいになりたいですか?あたしはなりたくない!絶対にな!!!」 「はぁ!?なれないでございます、の間違いだろ℃変態のくせに!」 ℃変態さんまで加わって、食堂はしっちゃかめっちゃか。 どうしたものか・・・。そう思いつつも、どうせ割って入ったところで、事態が収束しないのは目に見えているわけで。 私はとりあえず、いつもどおりほんのり離れた場所で、朝食に舌鼓を打つことにした。 あ・・・今日のチーズオムレツ、すこーし硬めに焼いてあった美味しい。あとで若い執事さんにお礼を言おうかな(いつも私が話しかけるとなぜかこの世の終わりみたいな顔になっちゃうけど・・・) 「あのー、お嬢様」 そんな騒動なんておかまいなしな感じで、ニコニコと食後の紅茶までを嗜んだ舞美ちゃんが、よく通る声でお嬢様を呼んだ。 大騒ぎがピタッと収まる。さすが元生徒会長。ほわほわさんながら、謎の統率力は健在のようで。 この感覚、懐かしいなあ。生徒会室でも、舞美ちゃんの鶴の一声で、議事が大きく動いたりしたっけ。 「あら、舞美さん。お騒がせして・・・」 「いえいえ、それはいつもどおりですし」 おお・・・なんて失礼な。相変わらず天然砲がすごい。でも舞美ちゃんならいいかって思わせられるのが不思議なところ。 「ちょっと、思いついたことが。お嬢様のお悩みのヒントになるか、わからないですけど」 舞美ちゃんのその発言に、とっさに身構える一同。・・・そうなんです、このお方はやらかしちゃう系ではないものの、常に全力・しかしあさっての方向を向いた判断で、事態の混乱をさらに深めてしまうところがあるのだ。。 先日も、挑発してきたつばさおぼっちゃまとPKで対決して61対2で叩きのめしたり(おぼっちゃまは3日ほど部屋から出てこなかったそうで)、ダイエット志願のお嬢様にフルマラソン並みのランニングを課したり・・・。 とにかく、この大型犬スマイルを盾に、結構な無茶をやらかしてくれる。それが、舞美ちゃんという超絶美人の恐ろしさ。 「あら、何かしら、舞美さん。お聞かせ願いたいわ」 天然なお嬢様は、そんな実績も気にせず、キラキラおめめを舞美ちゃんへと向ける。 なっきぃがいつでも飛び出せるよう、背中に緊張を走らせたのがわかった。 だけど、舞美ちゃんが発した言葉は、実に予想外の・・・そう、ごくごくまともなものだった。 「お嬢様、部活動を始められては、どうでしょう?」 次へ TOP
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前へ 駅前まで買い物に出られたお嬢様。 僕はその付き人として同行している。 本来ならこの役目はメイドさん(特に千聖お嬢様専従の村上さん)の仕事なのだが、今日は荷物が多くなるとのお話で僕に白羽の矢が立ったのだ。 荷物が多いなら、その役はそれこそ屈強な神が適任なのではと思ったが、お嬢様のお供をすることができるとは光栄な任務であることに違いない。 それに、たまには外に出てする仕事というのも、はぐれ(ryから開放されることが出来ていい気分転換になることだろう。 しかも、それがお嬢様のお供とあっては二重の喜びと言える。この任務に抜擢されたことを心から感謝します。 いろいろなお店をめぐり、楽しそうにお買い物をなさるお嬢様。 そんなお嬢様を見ているだけで、はぐれ(ryによって疲れきった僕の心が癒されていくのがわかる。 そのお嬢様の楽しそうなお姿を見ていると妄想が浮かんできたりしてしまう。 楽しそうにしているそんなお嬢様と、いま二人っきりで一緒にいるのは他でもないこの僕なんだ。 これって、まるでお嬢様とお買い物デートのような・・・ ・・・ゴホン。 だが執事として優秀な僕は、この状況でも仕事中であることの緊張を決して解いたりはしなかった。 (いくら萩原さんや有原さんでも、まさかここまでは脳内を追ってこないだろう・・・とは思うけど、念には念を入れておかないと) 僕は今お嬢様の付き人として同行しているのだ、だからその職務を全うすることしか考えていなかった。 そして、そんな真面目な僕だからこそ、この任務に抜擢されたわけで。 まぁ、それも僕がお嬢様の信頼を勝ち得てる執事だからこそのこと(キリッ。 「このあとはどちらに参りますか、お嬢様」 「そうね、だいたいのものは買えたから、そろそろ帰りましょうか。車をまわしてちょうだい」 「かしこまりました」 僕が車の運転手に連絡をとっているあいだ、お嬢様は何かをじっと見つめているようだった。 そのことを深く気にも留めなかったが、電話が終わった僕にお嬢様はこう言ったのだ。 「ウフフフ、ごめんなさい。怒られるかもしれないけれど、許してちょうだい」 そう言い終るやいなや、いきなり全速力で駆け出したお嬢様。 さすが運動能力に長けるお嬢様だ。上品なそのお姿からは想像もできないぐらいのロケットスタート。 何が起きたのかすぐには事態が飲み込めず、他人事のようにそんなことを考えてしまうほどだった。 どんどん小さくなるお嬢様のその後ろ姿を呆然と眺めていた。 次の瞬間に、僕はハッと気付いた。 僕は付き人なのだ。いかなるときでもお嬢様から離されるわけにはいかない。 すぐにその後ろ姿を追いかけようとしたが、その時ちょうど信号が赤に変わった。 お嬢様、このタイミングも計算に入れていた? こういうときだけは悪知恵が働かれるんだから。 なんて呑気に考えている場合ではない。 事ここに至って、ようやく僕は気付いた。 僕はお嬢様から見事にまかれたのだ た、た、た、大変だ!! 顔面蒼白でお屋敷に連絡する。 電話の向こうで村上さんが絶叫した。 「お嬢様にまかれた、だと!? バカヤロー!! 死ぬ気で探せ!!見つけるまで帰ってくるな」 * * * いま僕は映画を見てきたその帰りの電車の中。 車窓の風景をぼんやりと眺めながら、僕はまた考えていた。 そう、あの時のことを。 あれ以来、僕は混乱していた。 女の子に頬を打たれるなんて、そんなの僕にとって初めてのことなんだ。 それにしても・・・ なかさきちゃんは何で僕を叩いたりしたんだろう。 この間までの僕のことを誤解していた彼女ならともかく、僕に理解を示してくれるようになった今、彼女からそんなことをされる心当たりが全く無い。 でも、そこには必ず理由があるはずだ。 何故そんなことをされたのか、原因をもっと多角的に考えてみよう。 あの時まで、なかさきちゃんは確かに僕に対してどちらかというと好意的な表情を向けてくれていた。 それが、あの時、そう、僕があの電話を受けた時、そのとたんに彼女の態度が豹変したのだ。 熊井ちゃんからのあの電話を受けたとき・・・ そのことを考え合わせると、ひとつの結論が導き出される。 あ・・・・ ひょっとして・・・・ なかさきちゃん、僕のことが好きなんじゃ・・・・ やきもち・・・ そういうことか。 僕に熊井ちゃんから電話がかかってきたことで、なかさきちゃん思わず嫉妬してしまったんだ。 そんな誤解がもとで感情を爆発させるなんて、しっかりもののなかさきちゃんらしくもない。 ひょっとして、彼女は思い込みの激しいタイプなのかもしれないな。今までも僕のことを勝手に変な風に誤解していたぐらいだし。 しかし、そうか、なかさきちゃんそんなにも僕のことを。 いや、でも待てよ? 僕の舞ちゃんへの気持ちは彼女も知ってるはずなのに。 そうか、逆にそれだからこそなのかも知れないな、彼女が爆発したのは。 僕の舞ちゃんへの気持ちを知っていたにも関わらず僕のことを好きになってしまったりして、なかさきちゃんは自分の親友との友情の狭間で実は葛藤していたのかも知れない。 そんなところへ、僕に舞ちゃんではなく熊井ちゃんという別の女の子からの電話が来たことで、混乱がピークになってしまい感情をコントロールできなかったのだろう。 それにしても、いつの間に僕のことをそんなに思っていてくれたんだろう。全く気付かなかった。 初めは僕のことを決して良くは思っていなかった彼女が、いつの間にかその僕に好意を抱いていたというのか。 最初がマイナスのイメージからスタートした分、いったん好意を抱くとそれは急激に加速してしまったのかもしれないな。 僕はそんな彼女の想いをどう受け止めればいいのだろう・・・ ちょうど、今見てきた映画のストーリーを思い出していた。 北海道の釧路を舞台にしたその映画は面白かった。 クラスの人気者で心に陰を持つ少年、そして彼と運命的に出会った少女の物語。 少女にとって初めはムカつく存在だった少年。だが、時々見せる彼の優しさと垣間見える物憂げな陰に徐々に惹かれていくのだった。 そこから始まる壮大なラブストーリー。 見ていて、スクリーンにぐいぐいと引き込まれ感情移入してしまった。 主役を演じていた役者さんが、とても良かったです。 この役者さん、魅せるなあ。 見終わったあと、僕はその演技に影響されてしまったみたいだ。 自分をちょっと陰のあるキャラなんだと思い込んで、表情を真似たりしてそれを演じてみたり。 そうやって、自分をその主人公に重ね合わせてしまったりする。(彼の雰囲気やカッコよさ僕とそっくりだし。とかいってw) 電車の窓から遠くを眺めながら、そんな妄想をしつつ映画のストーリーを思い返していた。 すると、僕はあることに気付いてしまった。そのストーリーが今の僕の現実と重なり合っていることに。 初めはムカつく存在だった少年に徐々に惹かれていくようになる少女・・・ これは・・・ 僕となかさきちゃんの関係にそっくりじゃないか。 さっき思い当たったように、この間のなかさきちゃんの反応を見ると、どうやら彼女が僕に好意を抱いているのは間違いないようだ。 ひょっとして、僕ら2人のあいだにも、これからそのような物語が始まるのだろうか? 僕の運命的なラブストーリーは既に幕を開けていたってことなのか・・・ それに僕は全く気付いていなかった。 僕はなかさきちゃんとこれから数年にわたり壮大でドラマチックなラブストーリーを展開する運命だったのか・・・ でも、どうしたらいいんだ。 そういう運命だったとしても、それに身を任せてしまっていいのだろうか。 だって、僕が好きなのは、君の友達なんだ。 映画を見てきた帰りの道すがらずっとそんなことを考えていた。 考えていても答えが出るようなことじゃない。 そんなことより、腹が減った。 腹が減ってはいい知恵も浮かんでこない。地元の駅に着いたところで何か食べていこう。 落ち着いて食べる気分でも無かったので、手早く済ませようと立ち食いそばのカウンターに向かった。 この駅のこの立ち食いそばは結構好きなんだ。通学の時も無性に食べたくなってよく立ち寄るぐらいで。 てんぷらそばを注文する。 すぐに出てきたそば。湯気を立てているそばをすする。 やっぱり、この駅の立ち食いそばはうまいなあ。 そばを食べながら駅のコンコースをぼんやりと眺めていると、僕の意識がある一点に集中した。 何かその場所だけ特別にオーラのようなものがかかっていて、あたりとは空気の色が明らかに違っているような気がしたからだ。 そこには、僕の見覚えのある人が歩いていた。 そこを通りがかった小柄な少女。 お、お、お、お嬢様ではないですか! 次へ TOP
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前へ 「そうなんだ」 真剣な表情で佳林ちゃんの答えを聞いたお姉ちゃんだったが、一呼吸おくと何かに思い当たったかのようにその表情が強張ったように見えた。 「あっ、、、でも、まさかそんな・・・ あの学園で本当にそんなこと・・・」 務めて感情を抑え気味にしている様子のお姉ちゃんが佳林ちゃんに重ねて質問をする。 「佳林ちゃん、いじめられてるんだね?」 あえてストレートに聞いたのかも知れないお姉ちゃんが口にしたその言葉に僕の緊張もこの上なく高まる。 彼女の持つ出生の秘密。 それを心無い人たちに知られてしまい、そのことで苛められたりしているってことか。 小学生ぐらいの年頃だと他人の心の痛みというものに残酷なほど無頓着だろうから、その標的とされて・・・ あぁ、何と言うことだ。佳林ちゃん・・・・・ いじめ。 そんな耐え難い苦難がこの彼女の上に降りかかっているなんて。 彼女の可愛らしい姿からは、そんなことまるで窺い知ることが出来ない。 この小さい体でひとり受け止めているというのか・・・ なんていじらしい・・・ そんな彼女に対して、僕はどうやって接すればいいんだろう。 出来ることならば、僕が傍らに立って彼女を守ってあげたい。でも彼女が通っているのは男子禁制の学園の初等部。 いま僕が感じているのはただ無力感だけだった。 すっかり重たい空気となってしまったこの場の雰囲気。 だが、お姉ちゃんの固い口調とは対照的に、佳林ちゃんの返答は意外なほどさっぱりとした口調だった。 「え? いや、全然そんなことされたりはしていないですよ?」 「でも、お嬢様があのとき言ってたのは、、、そのことでめぐと言い合いになってしまって、、、そうだったよね?」 ・・・いや、僕に聞かれても。 お姉ちゃんが何を言ってるのか、その意味すら全然分からないんですけど。 でも、目の前の佳林ちゃんはお姉ちゃんの言ったことに反応を示す。 「?? お姉さまが何か?」 「そうだよ! あのときお嬢様は佳林ちゃんが苛められたりしてるんじゃないかって!!11」 思い出したことが刺激になったのかちょっと興奮気味になったお姉ちゃんだったが、当の佳林ちゃんはその言葉を聞くと何故か吹き出したんだ。 「あぁ、あのときのこと、ですね。それは全部みなさんの勘違いですよ」 小さく笑う佳林ちゃん。でも次の瞬間、彼女の表情が変わる。 その円らな瞳が遠くを見つめた。 「でも、お姉さまが私のことであんなに・・・ 嬉しかった・・・」 そう言った彼女の瞳が潤んだものになったのを僕は見逃さなかった。 話しの流れが僕にはさっぱり分からないけれど、きっと佳林ちゃんにとっては自分の姉たる千聖お嬢様との大切な思い出なのだろう。 緊張感が続くようなこの場の雰囲気。 口に出す言葉すら見つからない僕の今の頼みはお姉ちゃんだけだったけれど、そこはさすがに年長者。 お姉ちゃんは、ふっと包み込むような優しい微笑みを浮かべて佳林ちゃんの言葉を受けた。 「そうだよ、佳林ちゃんにはお嬢様がいるんだから」 お姉ちゃんの言ったことに笑みを浮かべた佳林ちゃん。 だが、切り替えるように表情を真顔に戻すと、再び話しを戻した。 「それでも、やっぱり私には友達と呼べる人は少ないんだと思います」 「休み時間も一人で過ごすことが多いですし・・・・」 「そんなの別に気にするようなことじゃないよ。なっきぃだってしょっちゅう一人ぼっちだよ!」 お姉ちゃんが言ったことに、佳林ちゃんの表情が緩んだ。(緩んだ、というか、吹き出しそうになった、とも受け取れる表情だが) 意を決して悩みを打明けているのかもしれない後輩の告白を、すぐに受け止めてあげられるお姉ちゃん。 さすが元生徒会長さんだ。 だからこそ、佳林ちゃんも安心したのか言葉を続けたわけで。 「あ、もちろんクラスにも友達はちゃんといますよ。小もぉの子たちだって今でも友達です」 「ただ、本当の親友という意味となると・・・ やっぱり私には友達が少ないのかも」 「でも、一度は離れそうになってしまった遥ちゃんが私のそばにいてくれるから。 彼女がいてくれれば、それだけでもう十分なんです」 「工藤遥ちゃん。私にとってとても大切な、昔からの友達・・・」 心の内を長く語ってくれる佳林ちゃんの言葉を受けて、お姉ちゃんが言葉を返した。 「工藤遥ちゃんっていうと、えーと・・・ 分かった!あの子か!団地妻とか言われてる!!」 「いえ違います。それはたぶん聖ちゃんのことですね。確かに中等部の譜久村さんにも親しくしてもらってますけど」 「あれ? また間違えちゃったw わたし後輩の名前を憶えるのがどうも苦手で・・ しょっちゅう間違えちゃうんだよね。あははは」 「遥ちゃんは私のひとつ下の学年なんですけど、私と違ってとても行動的だし、さっぱりとした性格は明るくてみんなの人気者です」 「佳林ちゃんだって人気者じゃないか」 「人気者?私が? そうでしょうか?」 「人気者っていうのは、そうですね、同学年だと鞘師さんみたいな人のことを言うんじゃないかと思います」 「サヤシさん?」 「知りませんか?鞘師里保ちゃん。彼女は本当に積極性があって活動的で。生徒会でも部活でも活躍しているし、まさしく私のイメージする人気者です」 「鞘師、ちゃん・・・ どこかで聞いたような・・・」 「生徒会長さんも活躍されていた陸上部のエースと言われている子ですよ。初等部なのに飛び級で先輩達の練習に参加するぐらいの」 「あぁ、あの子か! 思い出したよ!とってもカワイイ子だよね。うん、あの子の動き、とても愛くるしくて!!本当にカワイイ!!」 「そして、友達だなんて、そんなことはおこがましくてとても言えないですけど」 そう前置きして語ってくれたのは、いよいよ千聖お嬢様に関することだった。 「千聖お姉さま。私が苦しんでいるとき救いの手を差し伸べてくれた方・・・」 「お姉さま・・・・ あの時、もし千聖お姉さまがいなかったら今ごろ私は・・・・・」 「うんうん。佳林ちゃんが妹になって、お嬢様もそれはそれは嬉しそうだったんだよ?」 「お姉さまが?」 「うん!それはもう!! お嬢様もやっぱり小さい子が大好きなんだね!!」 妹になったって、またその話題にいくのか。 お姉ちゃん、その件についてはあまり触れたりはしない方が・・・ でも、あまりタブー視したりするほうが却って傷つけたりしちゃうんだろうか。 そのことでは佳林ちゃんにどうやって接するのが一番いいのか、僕にはちょっと分からなくて。 それでも、やっぱりその話題は軽い気持ちで扱えるものでは無いのは間違いないわけで。僕なんかが聞いててもいいことなんだろうか・・・ お姉ちゃんがそんな僕の表情を見て、僕の思っていることを察知してくれたようだ。 「そうか、意味が分からないんですね?」 ?? お姉ちゃんが僕に問いかけてきたその質問こそ意味が分からないんですが・・ 僕に向かってそう言った美人さんは、笑顔で頷くと言葉に詰まっている僕へ更に話しを続けられた。 「佳林ちゃんはね、千聖お嬢様と姉妹の契りを交わしたんですよ。それでお嬢様の妹になられた!」 姉妹の契り・・・・ はい?? なんですか、それは?? 予想もしていなかった説明を受けて、思わず混乱してしまった。 平凡な男子高校生には想像もつかないその言葉に、まるで現実感というものを感じることが出来なかったし。 でも、独特の香りが漂うその名称。 その単語は僕の意識の中で何か引っかかるものを感じたんだ。 そして、思い出した。 同じ単語を以前に聞いたことがあったということを。 あれは、熊井ちゃんが僕の高校にやってきたときのこと。 そのときに彼女が言っていたことに、いま思い当たったのだ。 彼女が僕の下駄箱を覗き込んで言ったとき出てきたのが耳慣れないその名称だったな、確か。 熊井ちゃんの妹になろうと申し出た人たちのその後も気になるところだが、それよりも今は、千聖お嬢様にそういう申し出をしたという佳林ちゃん。 その申し出が晴れて受け入れられた結果、佳林ちゃんは千聖お嬢様の妹となったと、そういうことなのか。 熊井ちゃんから聞いたときは、小熊軍団を妄想させられたその制度の趣旨にイマイチ賛同できなかったのだが、 目の前のこの佳林ちゃんと、そして、千聖お嬢様との2人の微笑ましい間柄を思うと、素晴らしい制度のように思えたのだった。 ん? 待て待て!? ちょっと話しを戻そう。 この佳林ちゃんは千聖お嬢様と姉妹の契りを交わしてお嬢様の妹になった? 妹になっていうのは、あくまでも学園生の間で流行っているというその制度のうえでのこと? ってことはさ・・・・ 佳林ちゃんは千聖お嬢様の腹違いの妹ってわけじゃないのか! 僕の勘違いだったのか・・・・・ ・・・またやってしまった。 早 と ち り。 一人で先走ったあげくの、完全なる脳内妄想。 断片的な情報を基に脳内で物語を作り上げていってしまう僕のこのクセは、いいかげんちょっとどうにかしたほうがいいな・・・ あまりの勘違いっぷりに、さすがに凹む。 そんな、一人で若干ちょっと落ち込んでいた僕だったが、顔を上げて佳林ちゃんの顔を見ると気持ちが上向いた。 見た人全ての心を明るくする彼女の愛くるしい表情が、いま落ち込んでいる僕の心を上向かせてくれたんだ。 こんな笑顔の彼女が人気者じゃないわけがないじゃないか!!(二重否定=強い肯定) そして、いま彼女が語ってくれた千聖お嬢様への想い。 語ってくれた彼女の表情を見れば、そこにあるのはひたすら純粋な気持ちだということが一目で分かる。 そんな彼女のことを、お嬢様は自分の妹として受け入れられた。 いまさっき僕が聞いたお姉ちゃんとの会話の内容、それだけでも二人の揺ぎ無い信頼関係を感じることができた。 佳林ちゃん。 千聖お嬢様が妹として大切にしている存在。 次へ TOP